日々の思考に抽象化と具体化を取り入れる習慣:デザイン思考でひらめきを深める方法
日々の課題解決とアイデア創出における「思考の往復」の重要性
日々の業務において、私たちは様々な課題に直面し、新しいアイデアを求められています。しかし、目の前の具体的な問題に捉われすぎたり、抽象的な理想論に終始してしまったりして、なかなか有効な解決策や画期的なひらめきに到達できないと感じることはないでしょうか。
デザイン思考において、この状況を打破し、課題を深く理解し、多様な可能性を探求し、実現可能な形に落とし込むために極めて重要となるのが、「抽象化」と「具体化」という二つの思考プロセスを意識的に行ったり来たりする習慣です。
本稿では、この「抽象化と具体化の往復思考」がなぜ重要なのか、そしてそれをどのように日々の業務に取り入れ、習慣化していくかについて解説します。
デザイン思考における抽象化と具体化
デザイン思考では、まず顧客やユーザーの抱える課題やニーズを深く「共感」するフェーズから始まります。ここで集めた具体的な情報(観察結果、インタビュー内容など)は非常に重要ですが、それらを単なる個別の事例として捉えるだけでは、本質的な課題は見えてきません。
ここで必要となるのが「抽象化」です。集めた具体的な情報から共通するパターンや隠れたニーズ、根本的な課題といった、より高次元の概念を抽出します。例えば、「特定の製品が使いにくい」という具体的な意見(具体)から、「操作方法が直感的ではない」「高齢者には画面が小さすぎる」といった共通の問題点(少し抽象化)を抽出し、さらに「ユーザーのデジタルリテラシーに合致していない」という、より本質的で抽象的な課題定義へと深めていくのです。
一方、「具体化」は、抽象的なアイデアや定義された課題に対して、それを解決するための具体的な方法や形を生み出すプロセスです。「ユーザーのデジタルリテラシーに合致していない」という抽象的な課題に対して、「チュートリアル動画を作成する」「アイコンを大きくする」「音声案内機能を搭載する」といった具体的な解決策やアイデアを考え出すのが具体化です。また、これらのアイデアを検証するために、簡易的な模型やシミュレーション(プロトタイプ)という具体的な形にするのも具体化のプロセスです。
デザイン思考は、この「具体的な情報から本質を捉えるための抽象化」と、「抽象的なアイデアや課題を具体的な形にするための具体化」の往復を繰り返すことで、ひらめきを生み出し、それを磨き上げ、実現へとつなげていく思考法と言えます。
日々の思考に抽象化と具体化を取り入れる習慣
この抽象化と具体化の往復思考を日々の習慣とするためには、特別な時間や場所を設けずとも、日常の様々な場面で意識的に取り組むことが重要です。以下にいくつかの具体的な習慣化のヒントをご紹介します。
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「これは何の例だろう?」「つまり、どういうことだろう?」と問いを立てる習慣: 日々の業務で目にする具体的な出来事やデータに対して、「これは一体、何を示しているのだろう?」「この個別の問題の背景には、どんな本質的な課題があるのだろう?」と抽象化を試みる問いを立てる習慣です。逆に、抽象的な目標や指示を受けた際には、「これを具体的に実現するためには、何をすれば良いのだろう?」「具体的なアクションプランは?」と具体化を促す問いを立てます。この意識的な問いかけが、思考の往復を促します。
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情報の整理に抽象度レベルを意識する習慣: 会議の議事録やリサーチで集めた情報などを整理する際に、単にリスト化するだけでなく、それが「具体的な事実や事例」なのか、「そこから抽出される傾向やパターン」なのか、「さらに高次の概念や本質」なのか、といった抽象度レベルを意識して分類・整理する習慣です。これにより、情報のどの部分を抽象化/具体化すれば良いかが見えやすくなります。マインドマップやKJ法なども、この抽象化・具体化を視覚的に行うのに役立ちます。
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簡単な思考の図解を試みる習慣: 複雑な状況やアイデアを理解しようとする際に、簡単な図を描いてみる習慣です。例えば、顧客の具体的な行動プロセスを時系列で描き(具体化)、その各ステップで顧客が感じているであろう感情や潜在的なニーズを書き出す(抽象化)。また、課題とそれを取り巻く要因を構造的に捉え(抽象化)、それぞれに対する具体的な解決策の可能性を列挙する(具体化)といったように、図解は抽象と具体を行き来する思考をサポートします。
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日常の何気ない出来事を「実験」として捉える習慣: 日常生活や業務で起こる小さな出来事や気づきを、「この具体的な出来事は、どんな一般的な原則やパターンを示唆しているのだろう?」(具体→抽象)、「このアイデアは、具体的にどういう状況で試せるだろう?」(抽象→具体)といった視点で捉える習慣です。これにより、日常が思考の訓練の場となります。
実践のポイントと習慣化のヒント
- 小さく始める: 最初から完璧を目指す必要はありません。一日に一度、あるいは特定の業務に取り組む前に、「今日の課題を少し抽象化してみよう」「このアイデアを具体的な行動に落とし込んでみよう」と意識するだけでも効果があります。
- 「いつ」意識するかを決める: 例えば、「新しい企画のブレインストーミング後には必ず抽象化・具体化の往復をする」「定例会議の最後に、今日の議論を抽象的にまとめてみる」など、特定のタイミングを決めておくと実践しやすくなります。
- チームでの対話を促す: 会議や打ち合わせで、発言に対して「それは具体的な例ですね。そこからどんな教訓が言えそうですか?」(具体→抽象)、「この考え方を具体的にどう実践できますか?」(抽象→具体)といった問いを投げかけることで、チーム全体の思考の往復を促し、深い議論と実行可能なアイデアにつなげることができます。
- 振り返りの時間を設ける: 一日の終わりや週末に、自分の思考プロセスを振り返る時間を持つことも有効です。「今日の議論で、私はどのレベル(抽象/具体)で考えていただろう?」「もっと別の抽象度で考えたら、何か新しい発見があったかもしれないか?」などと反省することで、次に繋げることができます。
まとめ
デザイン思考における「抽象化と具体化の往復思考」は、日々の業務において課題の本質を見抜き、多様なアイデアを生み出し、それらを実現可能な形に落とし込むための強力なツールです。この思考プロセスを意識的に日々の習慣として取り入れることで、ルーチンワークの中に埋もれがちなひらめきを見つけ出し、複雑な問題に対する対応力を高めることができます。
今日から、目の前の情報や課題に対して、「つまりどういうことだろう?」「具体的に何をすれば良いだろう?」と問いを立てる習慣を始めてみてはいかがでしょうか。この小さな習慣が、あなたの思考に新たな広がりと深さをもたらし、ひらめきに満ちた日々を創造する一助となることを願っています。